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年末モード.

削ぎ落とそうとしても,色々なことが同時にやってくる.
せわしない.


誰かの誘いには,なるべく気軽に乗ろうと思っているが,
そうしていたら,何故だか遺跡づいている昨今.
少し前はコルビュジエづいていたし,その前はピカソづいていた.
そういう,「流れ」のようなものは,あるのかもしれないし,身を任せてみようと思う.

他人と比べて,遺跡に対する憧れ,は薄いタイプである.
更新し続けている都会が好きなのだ.
それでも,失われてしまった生活に対する想像力を.

遺跡と言うと,遥か古代,のようなイメージがあるが,
実際の遺跡はわずか数百年前程度のこともある.
数百年で生活は随分と変わる,ということ.
一方で,築100年以上の建物に住んでいるということ.時間のスケール.
今から見る遺跡.未来から見る遺跡.

中国には派手なプロジェクトが出来たり進行中だったりするようだが,
それらのプロジェクトを写真で見ると,少し遺跡的な感じもする.
遺跡感,というのは,大きさのこと,ではない筈だとも思うけれど.


大きさ・スケイル,というのは,観察する主体に依っている.
大きさ感ではなくて,大きさそのものが.
主体が10分の1に縮んだら,cmの世界がmmの世界になる.
大人になったら世界が小さくなるのは,だから当り前なのかもしれない.
あなたと私が物理的に共有している大きさというのは,どういうことなのだろう.


ディスポジションとコンポジションの違いって何だ?
言葉だけ見ると,反対みたいだけれど.



友人の言葉.
「辛い経験は栄養である.但し,そのままそれを他者に見せると「イタイ人」になってしまう.大事なのは,そこから得られたもの,そこで感じたこと,を見せること.」
保持するということ.


誰かと話しているうちに気が付くことというのは沢山ある.


恐怖.
恐怖に目を向けて,自分が何を怖がっているのかを,言い当てるようにした方がいい.そうすれば,その上で,自分の判断を作り上げることができる.幽霊の正体は枯れ尾花.



相変わらず,思考とも呼べない思いは,花火のようだ.
火薬の香りが残っている内に,少しでも留めておく.



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40代でおひとりさまである.


最近,少し年齢層の上の人と話すことがあった.私の名字が外国名でないことを,まず不審がられる.「ご家族はどうしてるの?」みたいな質問が来る.さらに,一つ年上の独身女性について話が及び,「〇〇さんも,ねえ~」と言う.なにが,ねえ~,なのかわからない私は,「いい人ですよ,ねえ~」と答えたが,「いや,そうじゃなくて,ねえ~」と言う.結局は,40代になって独身の女性,ということで,既に,かわいそう,の対象なのである.

40代にもなって相手がいないということは,何がしかの問題がある,ということだ,というマコトシヤカな言い分もある.確かに,なんとなくそれらしい気もする.私には見えない何かの傍から見たら明らかな欠陥があって,その所為で相手ができない,ということがあるのかもしれない.そういうことを言われた時に,自分から「私には何か問題があるんでしょうねえ」と言える位には社交性はある.でも,そういうことを言う度に,少し自分は傷ついている.

おひとりさまにも色々あって,バツイチの人も勿論いる.今時バツイチなんて珍しくもないし,本人にとって幸せな決断なんだったら全然構わないと思うのだが,バツイチであることは”言ってはいけないこと”とする風潮も,まだ上の世代にはあるようだ.変なの.

同世代の話を聞くにつれ,子育ては大変だ.その大変さは,羨ましくもある.次の社会を担う人材を育てているから偉い,とかそういうことじゃなく,単純に,子供を育てたことのある人にしか得られない何かの人生教訓があるのかもしれないと思えて,それが欠けている自分は,オトナになりきれていないのではないかという気もする.

おひとりさまにも,結婚はしたくない,誰かと一緒に生きていきたくない,というタイプの人はいるだろう.そういう人は,本当にそのままでいいし,そのままで認められるのがいいと思う.けれど,結婚はしたくない訳じゃない,とか,いい人がいたら一緒に生きていきたい,ただ相手が見つけられない,という人はそれなりにいるんじゃないだろうか.そういう人は,自分で自分を認めるのが,少し難しくなったりする.みんな相手が見つけられているのに,自分は見つけられないのは,自分に問題があるからなんじゃないのか,と思ってしまいやすくなる.



そういう全ての,社会からの,自分の内側からの,息苦しさを超えて,自分が好きでいられる自分でいたいと思う.自分で自分を,生きていてもいい,と認められる,生き延びられる人間でいたいと思う.自分が好きになれない自分になってまで相手を見つけたい訳じゃない,と言える位に,自分を好きでいられるなら,もうそれで充分なんだと思う.



というのを,去年40歳でなくなった「こじらせ女子」という言葉の生みの親の雨宮まみさんの記事を読んで,改めて思ったのでした.

ずっと独身でいるつもり?(雨宮まみ)


身構えていた40歳になりました.

少しずつ,何かが変わりそうな予感はあります.
色々思うところはあるけれど,
楽しむことを意識しながら生きるように,
誰かに対する時は,今まで以上に心を尽くすように,
自分の荷物は自分で持つように,
そして,自分で自分を虐めない様に,
しようと思っています.


8月の末に,祖母が亡くなりました.
誕生日の日に書いた感謝の手紙は,告別式が終わった後に届きました.
誰かが亡くなるということは,間に合わない,取り返しがつかない,ということなんだなあと.
いつまでも,いつだって取り返せる気でいるけれど,
40歳以降は,二度と会えない人,二度と味わえない瞬間も増えてくるのかもしれません.


BIMを使ったプロジェクトを担当しているのですが,
諸事情から,今のところ自分ではBIMモデルをいじらないようにしていて,
だから思うのかもしれない事項のメモなど.
(将来BIMを自分で操るようになったら嘲笑うようなことかもしれませんが.)


BIMのいい所は,
ジオメトリを他の設計者と共有しやすいこと.
ジオメトリを変更すると一度に平面と断面が変更されること.
標準的なざっくりとした図面であれば,一度設定をするとそれなりに素早く作り出せること.

BIMのよくない所は,
変更があった場合に,他の設計者に通知する手間を省略しがちになること.
相手にわかりやすく説明する工夫をしなくなること.
データが重たくて操作性が悪いこと.
(現状では)作業できる人間が限られること.


幾何学だけ考えていればいい設計の分野(があるのかはわかりませんが)ならいざ知らず,
構造分野では,BIMモデルをそのまま解析に使うことはまずできません.
というか,構造モデルを想定するところに,人知があるとも言えます.
結局,BIMモデルとは別個に構造解析モデルを作ることになり,
変更は基本的に手作業で反映させることになります.
その為,変更通知が明確でないと,手間が増えてしまいます.


BIMでなければできないような設計,というのができるなら,
面白いかもなあ,と思うのですが,
こういう,データに依存した設計,が一般的になっていくのでしょうか.
手描きの図面からCADに移行した時も,先達は同じようなことを感じたのでしょうか.

まぁ,まずはお友達になるところから,かな.





現在NYのメトロポリタン美術館で,川久保怜の展覧会が開かれています.

朝日新聞の記事

彼女は今74歳.
何度か道で見かけたのはもう15年程も前だから,彼女が60歳くらいだった頃.
いつもとても怖い顔をして,すごいオーラでした.

展覧会に関連したインタビューや記事の中から印象的だった言葉を.

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「私は常に怒っています。ドレス・ミーツ・ボディは怒りによって生まれたコレクションです。特定の何かに対する怒りというのではありません。より抽象的かつ公平さを欠いた世の中や世界の矛盾に向けられた怒りでした。」

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「ファッションデザイナーはアーティストではありません。ファッションはクリエーションではあるけれども、常にビジネスと関係がある。一口で言えば、自分にとってファッションはビジネス。もちろんアーティストも作品を売らないといけないですが、私の仕事は新しいものを作ってビジネスにのせることです。」





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