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「戯れか!」と武蔵が激しかかると、吉野は、自分が弾いていた琵琶の音のいろいろを聴きわけたか、と問う。

 「では、あのー大弦、中弦、清弦、遊弦のわずか四つしかない弦から、どうしてあのように強い調子や、緩やかな調子や、様々な音色が、自由自在に鳴り出るのでしょうか。そこまでお聴きわけなさいましたか」

 不審に思う武蔵に、吉野は、わずか四つの弦と板の胴から、あのように数多い音が鳴りでるのは、不思議なことと言って、白楽天の『琵琶行』という詩を歌いながら、さらに言葉を継ぐ。

 「このように一面の琵琶が複雑な音を生みまする。わたくしは、かむろの頃から、琵琶の体が不思議で不思議でなりませんでした。そしてついには、自分で琵琶を壊し、また自分で琵琶を作ってみたりするうちに、おろかなわたくしにも、とうとう琵琶の体のうちにある琵琶の心を見つけました」

 そう言った吉野は、細い鉈を振り下ろし、琵琶を惜しげもなく、縦に割いてしまった。
 「ご覧(ろう)じませ。この通り、琵琶の中は、空虚の同じでございましょう。では、あの様々な音の変化はどこから起こるのかと思いますと。この胴の中にわたしてある横木ひとつでございまする。この横木こそ、琵琶の体を持ち支えている骨であり、臓でもあり、心でもありまする。ーなれど、この横木とても、ただ頑丈に真っ直ぐに胴を張りしめているだけでは、なんの曲もございませぬ。その変化を生むために横木には、このようにわざと抑揚の波を削りつけてあるのでございます。ーところが、それでもまだ真の音色というものは出て参りません。真の音色はどこからといえば、この横木の両端の力を、ほどよくそぎ取ってある弛みから生まれてくるのでございまする。ーわたくしが、粗末ながらこの一面の琵琶を砕いて、あなたに分かっていただきたいと思う点は、ーつまりわたくし達人間の生きてゆく心構えも、この琵琶と似たものではないだろうかと思うことでござりまする」

 ー武蔵の眸は、琵琶の胴からうごかなかった。

 「それくらいなこと誰でも分かりきっていることのようで、実はなかなか琵琶の横木ほども、お腹(なか)に据えていられないのが人間でございますまいか。-四弦に一撥(ばち)打てば、刀槍も鳴り、雲も裂けるような、あの強い調子を生む胴の裡(うち)には、こうした横木の弛みとしまりとが、ほどよく加減されているのを見て、わたくしはある時、これを人の日常として、しみじみ思い当たったことがあったのでございまする。・・・・そのことを、ふと、今宵のあなたの身の上に寄せて考え合わせてみると・・・ああ、これは危ういお人、張りしまっているだけで、弛みといっては微塵もない。もしこういう琵琶があたっとして、それへ撥(ばち)を当てるとしたら、音の自由とか変化はもとよりなく、無理に弾けば、きっと弦は切れ、胴は裂けてしまうであろうに・・・こうわたくしは、失礼ながらあなたのご様子を見て、ひそかにお案じ申していたわけなのでござりまする・・」


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