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以前にも書いたけれど,スイスでは計算書を書くという習慣がないが,
図面と,仮定荷重やどのような想定をしたかの書類(Nutzungvereinbarungという)は書く.


それはそうと,計算書の話.

手書きの計算書だと,計算の跡がきちんとわかる.
計算の過程で,式や説明を自然に書いてしまうからだ.
さらに,手書きの図面がコンピュータの図面よりも美しく見えるように,
手書きの計算書というのも,人目を惹くものでもある.
コンピュータの入出力だけのものだと,まず読み込む気にもならない.

手書きにも欠点はある.
手書きは,時間がかかるし,修正があるとかなり手間で,しかもミスをしやすい.
さらに,外国人(母国語の人)の手書きのアルファベットは,正直かなり読みづらい.
多分,日本人の書く日本語も,外国人からすると,崩れすぎていて読めなかったりするだろう.
江戸時代などの筆跡を,今の日本人が相当読めないのと同じことだろうと思う.
さらに,コピーというのは大抵質が十分でなくて,汚いものだ.


上司の個人的な趣味かもしれないが,今は手書きを推奨されている.
私は,しばしば出てくる計算についてエクセルシートを作っておくのが好きなので,
それを一々手書きするのは,少々面倒だな,と思う.
今,たまたま3つの計算書を書く仕事をしているのだけれど,
手書きだとコンピュータ出力の3倍くらい時間がかかる気がする.

見栄え以外の点で,手書きの方が優れているのは,
毎回自分がなんの計算をしているのか,考える必要があることだろう.

逆に,そこをプログラムしておくことは,その思考時間を省略することができるとも言える.
自作のエクセル(或いは一般的に自作のプログラム)のよい点は,
振り返ってみたくなった時に,ブラックボックスでないので,簡単に参照できるということだ.
エクセルを開ける環境にある限りは,手書きと同じように思考の跡を辿れるのだ.

実用ということを考えれば,
毎回本を開いて一から考えるよりも,
ある程度よく使う部分を公式化しておくのは,便利である.

更なる利点として,一度プログラムを書いてしまえば,使うのはそれ程手間ではないので,
比較的複雑な計算を,手軽にできる,つまり簡単にそこそこ精度よく検討できる,ということも挙げられる.
つまり,浮いた時間を,スタディに費やせるということだ.

ある断面でNGとなった場合,どの位ならぎりぎりなのか,ということを,パラメトリックにスタディできる.

簡単なものなら,必要最少量を陽な式でも書けるが,
少しややこしい式の場合には,パラメトリックな試行錯誤の方が,手軽である.

ただ,最終的にエクセルシートを印刷してしまった場合,
特に昔に作ったシートだったりすると,偶に読み解けないことなども出てくるので,
最初に面倒でも懇切丁寧な説明付きのエクセルを作ったりする,方がよい.
(そして,それは往々にしてとても面倒である.)



常々なんとなく思っていることなのだけれど,
エンジニアとしては,理論や実務的知識をきちんと抑えていることは大切だし必要だ.
それらによって,どんな所に問題が起こり得るかを予見し,早い段階で検討を重ねるのが,
よいエンジニアの要件の一つだろう.

けれど,そればかりに邁進するのは,片手落ちのようにも思う.
高度な知識を持っていて,それで精度よく現実を近似できるとしても,
その結果出来上がっているものが前と変わり映えがしないなら,
あまり意味がないような気がする.

例えば,新しい理論やコンピュータ技術の進歩で,
以前より高い精度で解析ができるようになったとしたら,
せめて,ぎりぎりの断面まで持っていくとか
(それはつまり不要だと思われる安全率を落とすということでもある)
或いは,それを発想の源として今までにない世界を見出すとか,しないと
21世紀も1割以上過ぎた今を生きる我々としては,恥ずかしいことなのではないだろうか.



そういう意味では,近年,私が学生の頃など笑い話だと思われていた
1キロも超えるような高さの超超高層が実現している,ということは,
ある意味で正しい道筋なのだろう.

スカイツリーの形状が不格好であるかどうかはともかくとして,
現在の技術の粋を集め,
今の東京に,あれだけのものを作る力があるということを,
確実なモノとして社会で共有し,
沢山の人が,今まで到達したことのない高さに,立つことができるようにしたということ,
さらに,それが歴史として確実に残って行くということ,
それ自体が,もう,感動なのだろうな,と思う.


昨今のドラマには沢山スカイツリーが出てくるし,
友人の写真でも時たま目にする.

次回帰国したら,是非登ってみて,体験を共有しておきたい.




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もうひとつ,年明けごろに見た建築.
SANAAの集合住宅.
鉄骨ラーメン造の透明な建築です.
構造システム上は単純なものですが,
このシンプルさを達成するには,細部まで拘る根気が必要だったろうと思います.
目が慣れてくるということもありますが,
過激すぎず,ちょうどよいプロポーションの建築だなあ,と感動しました.




年明けくらいのことですが,武蔵野美術大学の図書館を観に行ってきました.

IMG_0230_r.jpg





















冬休み期間中だったので中に入れなかったのは残念でしたが,
わくわくさせる面白い建築でした.
構造的には,本棚と本棚の間に鉄骨が仕込まれています.
半透明な天井から注ぐ淡い光が,図書館に静謐な印象を与えていました.

今度は中にも入ってみたいものです.


バーゼルの東の方にある,Schwarzparkへお散歩に.
この公園の一角には,建築家 Miller & Maranta による集合住宅が建っています.

公園の中のこの集合住宅には
小さな子供のいる家族が多いようでした.
MillerMaranta_Schwarzpark1.JPG























この建物の特徴は,まずその色です.
グレーがかったブラウンのような色.
この建物は鉄筋コンクリート造ですが,この色はコンクリートの上にペイントされたものではなく
コンクリートそのものに,カラーの混ぜものをして現われている色です.
スイスでは,コンクリートに混ぜものをするのは割と普通にやられていることで,
Schaulager Museum の特徴的な壁もそうですし,
矢鱈白いコンクリートの建物がよく見られるのも,白いセメントを混ぜているからです.


もう一つ大きな特徴は,そのグリッド.
平面的には開いたZの形をしていますが,
立面上のグリッドが明快なリズムを生み出していて,気持のよい建築になっています.

さらに最下層レベルの住宅のレベルが,地面よりも幾分持ち上げられています.
その部分は端部では片持ちになっていて,浮いたように見せていて,
パブリックな公園との関係が絶妙です.

IMG_0707.JPG























ファサードのコンクリートは,プレキャストと現場打ちの組み合わせでできているそうです.
セパレータ跡は同じ色のモルタルで埋められていて,
色の効果も相まって,一瞬,金属板でできているのかと錯覚してしまいます.
こうしてみると,自分にとってのコンクリートのテクスチュアというのは,
あのグレーの色と,セパレータの跡のリズムと,型枠の跡,がキーになっているのだなと気がつかされます.
だからこそ,安藤忠雄は,コンクリートの配合と特注の型枠と決まったセパレータの位置に拘るのかなとか.


各住戸につけられた日よけも,コンクリートと同じ色に揃えられています.
個人的には,もう少し明るい色でもよかったかなあとは思いました.




 

バーゼル市内で引越します. 引越は,自分たちで軽トラックを手配する人もいるみたいですが, 私は安全に,引越業者に頼みます. 引越業者は comparis.ch にて価格比較をしてもらえます. 今回は,Hoti Umzuege というところにお願いしてみました. 550CHF = 45000円程度だそうです. 段ボールは事前に持ってきてくれて,パッキングは自分で. さて,準備しなくては.

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