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Aphex Twin ことリチャード D ジェームズが、13年ぶりの新譜を出したそうで。

彼の音楽は、高校時代によく聴いていました。
特に、QUINO PHEC(POLYGON WINDOW名義)。
まだ閉じ込められていた高校時代の、
遠くへの憧れの象徴。


Aphex Twin がアイルランド生れだとは知りませんでした。
去年訪れて以来、アイルランドにはいいイメージがあるのですが、
また少し好きになった気がします。


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誰かの手伝いで頼まれた仕事は,
自分の仕事よりも,案外簡単にこなせてしまったりする,
ということはないでしょうか.

それは,勿論その仕事の内容が,相手よりも自分の方が向いていた
ということもあるでしょうが,
寧ろ,頼まれた時点で,
するべきターゲットが細かく区切られているから,なのではないでしょうか.

自分の仕事の場合,
つい,別の条件や保留にしている別の問題が目についてしまって,
なかなか検討事項を単純化できないものです.
勿論,全体像を把握している方が,
色々な条件を知っているということから,
単純化の仕方を間違えにくい,ということはあります.

逆に言うと,自分の仕事に関しても,
きちんと単純化した上で,その問題に集中する,ということが
能率を上げるのに大切なのではないでしょうか.


或いは別の例で言うと,
そうでない人には信じられなかったりするんだろうと思いますが,
私は音楽を聴きながらの方が大抵の場合仕事に集中できます.
それも,脳の一部を音楽を処理することに使用している方が,
その時検討していることでない事項に注意がそれづらく,
結果的に問題に集中しやすい,ということなのではないでしょうか.



その時やっていることに集中することを意識し,
最後の片づけまできっちりやること.
それを心掛けてみようかな,と思います.




複雑な幾何形状の建物について書いて,
その後にクラシック音楽について書いたら,
なんだか少しもやもやしてきたので,もう少しだけ書いてみます.


ショパンのピアノ曲を聴いていている時に,私の脳内では,
まずピアノの音はドレミの言葉で聞こえていて,
次の音を予測するような感じで聴いているようです.
弾いたことのあるやよく聴いた曲なら勿論,
よく知らない曲でも,それなりのメロディなら,次の音を予想しながら聴いているようです.
逆に,知っている曲の別の人の演奏だと,タメが違っていたりして,違和感になります.
違和感が心地いい場合もあるし,そうでない場合もあります.

何となく,(専門以外のことで)心地いいというのは,
予想の範囲をそれ程大きく外れない,しかしたまに新しいことがある,
というような状態なのだろうか,と思われます.

ショパンは,人間にとってある程度普遍的に,
どういう音の連なりが心地いいかをよくわかっていて,
そういうものを作ろうとしていて,
だからこうして長い事愛されてきているのでしょう.



では,心地いい建築ってどういうことになるんだろう.


先に書いたバスターミナルについては,
現代建築に関わるものとしては,
作り手の考えの道筋が読めるようで(勿論間違えているかもしれませんが)
一度目に見る時は面白く思います.
でも,毎日使うターミナルだったらどうなんだろう.
心地いいのかなあ,と.(批判的なニュアンスではなくニュートラルに.)
或いは,言い換えると,心地よさを目指しているのかなあ,と.

設計に関わった人たちも,原理は単純とは言え,あの形状を決めるには苦労したでしょうし,
出来た時は嬉しかっただろうな,と思います.
原理を考えている時や,形状をいじっている時も,楽しかったでしょう.
施主の方も,ちょっと普通じゃないものを作った,町の人の誇りになるといいな,と満足したかもしれません.
更に,少なくとも,この変わったバスターミナルが,
何の変哲もない,ごく普通のバスターミナルよりも心地よくない,ということは
(機能的な問題がない限り)ないだろうな,と思います.

建築の現代社会の中での意義という意味では,それだけで十分,とも言えます.
私たちの営みは,一義的には現在生きている私たちの為なのであって,
関わった人たちが幸せになっているなら,それでいいのです.



でも,ここではもう少しつっこんで.
私たちは,何を目指しているのだろうということ.


スイス人の同僚と前に話したのですが,
彼女は,
コンセプトが面白くても,温熱環境や光環境を犠牲にしていて住み心地が損なわれているものは好きになれない,
それよりも,特に奇抜じゃなくても窓が大きかったりする住み心地のいい家に住みたい,
と言っていました.
因みに,彼女は子供も3人いる家族を大切にしている人です.

私は,窓が大きくて暖炉があって子供が走り回ったりしていて,という空間を
気持ちがいい,という人がいるとは知っていても,
そんなものを作ることに人生の全部を賭けたい,とは,どうしても思えないな,と思っていました.
そういう既存の気持ちの良さは,すぐに慣れてしまうし,
逆に,少し不便だとしても,その不便さにだってすぐに慣れられる,
寧ろ大事なのは,最初にどういうものを志向していたか,で,
そこに面白いコンセプトがあれば,他のことには少々目を瞑れるな,と思っています.
勿論,今の私に家族がいなくて,仕事ばかりしているから,かもしれません.

そもそも日本の空間は心地よくない空間がかなり多いと思いますし,
そういう心地よくなさに寧ろ馴染んでいて,
所謂喧伝されているような心地よさは,寧ろそれ程心地よく思えない,ということなのかもしれません.


面白い,という心地よさ.
でもその難しさは,現代美術が抱えている問題と同じ,
面白さというのは,文脈にかなり依存していて移ろいやすいということ.
ある時に新しかったことは,後から見たら,当たり前かもしれない.
その時の新しさの意義を,歴史を学ぶことによって知ることはできても,
その時の新鮮な面白味にはなりにくい.

では,面白さというのは,刹那な価値でしかないのでしょうか.
(それはそれで,美しいありようだと言い張ることもできるかもしれませんが.)


でも,何かもう一歩進んだものがある,ような気がしているのです.
昔新しくて,今は当たり前になってしまった歴史的なものでも,
極,限られたものだけだとしても,やはり何か,凄みを感じるものがあるように思えるのです.
それにはやはりどこか,
面白味の方向性の中に,ただ新しいだけではない,
人間とはどういうものか,ということへの普遍的な眼差しを含もうとしていること,
というようなことが大切なのではないか,という気がしています.

今はまだ私たちは知らない,
既存の価値の中にはないかもしれないけれど
でも,実は,人間にとってこういうもの「も」心地よいのだ,
というような示唆を含んだコンセプト.


...

大仰な割に,当たり前のことしか言っていないような気がしてきたので,
今日はこのあたりにしておきます.




仕事っぽいことばかりでも乾いてしまうので,別のことも.


普段,音楽は色々聴いても,所謂クラシックはあまり聴かないのですが,
アルゼンチンのピアニスト,マルタ・アルゲリッチがバーゼルに来ていたせいか,
お知合いの方が,辻井伸行について話していたのを聞いたせいか,
ふっと久し振りに今日はショパンの日です.

私が小さい頃,ブーニンブームがあって,
ブーニンのショパンコンクールの演奏を何度も聴いては踊っていました.

ショパンのピアノ曲は,珠玉,という感じで,
すぅっと心に染み入ってくるような和音やフレーズだと思います.
そして派手な曲では,きっちり気分も盛り上がる.

少し前に,演歌って悪くないなあと気付いたばかりなのですが,
演歌にせよクラシックにせよ,
人間の気持ちがよくなるツボを抑えているなあ,という感じがします.


勿論,そればっかりでは面白くないんですけどね.


因みに,
全ての芸術はオペラに憧れる,と言いますが,
私は正直まだ,オペラがいいなあ,と思ったことはなくて,
クラシック音楽も,どちらかと言うとピアノソロの方が好き,なのですが,
オペラも聴きなれてみれば,ぐっとくるものなのかもしれません.
オペラの話の筋なんて単調ですし,見た目がどうこうというものでもなさそうですし,
やはりこれだけ長く愛されているのは,音楽の力なのでしょうから.







dvarchitectes & associes SA, 2012
dvarchitectes

Sionの駅前のバスターミナルです.
構造設計者が誰なのかちょっとわかりませんでした.

奇抜に見えますが,構造システムは単純で,柱の間の梁はしっかり通しています.
しかも,バスターミナルという用途の性質上からでしょうが,
柱はかなりきれいにグリッドに並んでいます.







柱の上部は片持ち部分もあるので剛接合にする必要があり,鉄板で処理しているようです.
屋根面を埋める複雑な形状の部分も,鉄板を挟み込んで接合しているようですね.
 
ざっと見た所,
3枚のリブが集まっている交点と,4枚のリブが集まっている交点があるようなので,
多分その接合の角度は規格化して,接合部分の丸い部材は共通部材にし,
交点の位置を動かしてみて形状を決めたのかな,と思われます.
各部材に挟み込んだ鉄板及び木材の長さは,パソコンから直接CNCに出力して作れそうです.



こういうものは,”複雑な新しい構造”という風に言われがちな気がしますが,
構造システムはなんら新しいことはありません.
この幾何を決めているのは,構造ではなく,寧ろ構法のように思われます.
接合部材の種類が沢山あると,お金もかかるし,
幾何を決める上で何らかの制約があった方が考えやすいから,
接合部の角度は一定にして,幾何を決めよう.
そしてできた幾何に対して,必要な構造成を確保しよう.
という風にプロジェクトは進んだのではないかな,と思います.

言ってみれば,構造システムからの発想はなく,
決まった幾何に対して,計算しただけ,とも言えます.
(勿論複雑な形状ですので,計算も手間がかかった筈ですが.)


構造設計者は,
構造システムや力の流れ方について理解し,アイディアを持っていることの他に,
その作られ方についてもよく知っていることが職能として求められています.
この場合は,鉄板を木で挟んで接合する,というような構法のアイディアを提供した,かもしれません.

構法は,お金と時間をかければ,かなりのことはできるのでしょうが,
それなりに効率的に,と思えば,既存の方法を知っていなくてはなりません.
そして,慣習的な方法は,文化によって少しずつ違います.


最近一部で流行っている(んでしょうか)複雑な形状のものを実現しようとすると,
現状では,まだ世界で始まったばかりの事例なので,
しばしば構造ではなく構法側のアイディアが求められがちです.
専門家としては,構造的なアイディアの方がつい面白く思えたりもしますが,
構法に関しても,色々な事例をストックしておくのが大事なようです.





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