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引き続き,ドイツのプロジェクトに携わっています.

今年に入ってから,大きめの提出が2つありました.
その内の一つは,計算書の提出.
スイスでは計算書が不要なので,久しぶりの計算書の作成です.
多分,ドイツの事務所ですと,そもそものフォーマットが色々あるのでしょうが,
こちらの同僚は大抵計算書を作ったことがなかったりする位なので,
一つ一つ手作りになります.

現在の所,トータル約1000ページ.当然ドイツ語です.
それ程大きな規模の建物でもないのですが,一つ一つ書こうとすると,なかなかの手間,です.
一方で,計算書を作る,というのは,他者の目を意識する,ということでもあるので,
自分の間違いに気が付けたりもします.
日本とは違って,かなりしっかりと別のエンジニア(Prüfingenieureといいます)がチェックするので,作る意味もあるというものです.

一つ難点を挙げるとすれば,
スイスの事務所では計算書作成がどのような手間なのかを十分に把握していないので,
ドキュメント作成に時間をかけていると,嫌な顔をされる,ということです.
計算が終わっていても,書類を作成する,しかも他者にわかるように書類を作成する,
というのは,それなりに大変なものなのですが.

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2016も始まりました.
仕事始めからまだ一週間なのですが,去年の続きで随分忙しいようです.

そんな中チームの一人がぎっくり腰に.
ドイツ語でぎっくり腰は,
der Hexenschuss
魔女の一撃,です.
こういう雰囲気のある言葉がもっとわかると,ドイツ語も馴染み易いのですが.

あ,因みに,水虫は,
der Fußpilz
足のきのこ,です.えーと...気持ち悪いですね.



年末には,今年一年を振り返る話し合いが行われます.

今年はやっとひとつ,プロジェクトが上棟まで漕ぎ着けました.
(オープンは来年ですが.)
その後ドイツのプロジェクトが進行中です.

今年は自分としては,特に後半,溺れながら仕事をしているような感があったのですが,
上の人は評価してくれたようです.

少なくとも言語に問題のない(少なくとも文句をつけられない)同僚に比べて
手がけている実現プロジェクトの数が圧倒的に少なく,
自分でも歯痒く思いますが,他の部分で補うしかありません.


言語のハンディは小さくなく,
何か問題があった時に,あの人が理解していないから,何を言っているかわからないから,
と責任転嫁される要因にはなりがちです.
けれど,言語自体に問題がない人同士だと,言葉で全部説明しようとするきらいがあり,
結構頻繁に誤解しあっているようです.
言語にハンディのある人は,誤解される可能性を常に視野に入れているため,
スケッチを大量に描くなどして補おうとします.
勿論それを議論の俎上に乗せるのは簡単ではありませんが,
そこまで恐縮しなくてもいいのかな,と思ったりします.


この年度末の話合いの時に,
同じ成果に対してもポジティヴに話せるかどうか,というのは
それなりに重要なのかもしれません.
日本人的気質の所為か?自分の仕事を自分で認めるのはなかなか簡単ではありません.
今年は,ばたばたしているまま話合いに臨んでしまったので,
うまく自分の側で準備しきれなかった(結構ネガティヴに話してしまった)所がありますが,
こちらでは上の人は日本に於ける程下の人の業績を公正に把握しておらず,
自分でアピールするしかないので,
来年はもう少しポジティヴに話せるようになりたいものです.




今年の1月に,シャルリ・エブド事件がありました.
イスラムに対して不遜なイラストを掲載したことに対して,出版社が襲撃された事件です.

この事件に対して,"Je suis Charlie"というプラカードで共感を示す現象が起こり,
表現の自由を守れ,という大々的なデモも行われました.


私は,シャルリ・エブドのイラストは,下品で失礼だと思います.思いやりもない.
私自身は,そういう表現は選択しないでしょう.
けれども,そういう表現を,表現で批判するのではなく,
命を奪うという脅迫を行うということ,
そうされることによって何かに怯えたり,
怯えているということに気付かないで同調圧力のようなものに負けて,
自分自身が自由に考えられなくなってしまうこと,
そういうことは,本当に怖いと思うのです.
自分自身にまず,流されやすい弱さのようなものがあるし,
それが他の人にも起こって社会の流れのようになってしまうと,止められなくなってしまう.

だから,シャルリ・エブドのような表現媒体は,社会にあって欲しいと思います.
それが批判の対象としてであっても.


今回のパリのテロの後で,彼らが載せたのは,
テロリストに銃弾で撃ち抜かれながらシャンパンを飲んでいる人のイラストでした.
「奴らは武器を持ってるぞ.」「知るか.我々にはシャンパンがある.」
流石だな,と思いました.
テロに対して,戦争と捉え空爆を行うことへの批判にも見えるし,
テロが目的とする社会不安に日常を維持することで対抗するのだ,という意志にも見えるし,
テロが現実に起きてしまったら対抗しきれない弱さへの自嘲にも見える.


テロは国家に対する戦争行為に等しいとして,
国家武力でテロリストが潜伏していると思われる地域を空爆し
一般の人たちも殺してしまう.
それを,世間の空気が後押ししてしまう.
これは,911の後イラク戦争に突入していったアメリカと同じに思えます.
そういう,社会の流れに,皮肉で石を投じていくのが,彼らのやり方.




結局テロが起きた一週間後にパリに行きました.

数日前にフランスの他の地域にも行きましたが,他の地域は穏やかな雰囲気でした.
パリは,というと,
特に事件のあった右岸東のレピュブリック広場付近は,少し人通りが少ないように思えました.
或いは急に寒くなった所為かもしれません.
でも,お店もちゃんとやっていて,人気レストランは予約がいっぱいで入れず,
いつも通りに振舞おうとしている感じがとてもしました.

不安は消えないでしょうけれど,それは,ちょっとやそっとでは消えません.

これからクリスマスシーズン.
パリの人たちも,戦争地域の人たちも,その他の人たちも,
少しでも明るい気持ちになれますように.



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