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断続的に,差別・被差別,抑圧・被抑圧のことなど考える.断片的なメモ.


沖縄の人々(の一部)は,沖縄に殆どの国内米軍基地が固まっていることを,本土からの差別だと捉えて抗議する.確かに家の近くに基地があったら,私だって嫌だ.私なら,引越すという手段を取るけれど,世間では誰もが容易に引越せるという訳でもないようだ.実際,中国や台湾に近いという地理的条件から考えても,人口密度が比較的低いということを考えても,沖縄に基地を配置するのはある程度理由があるとも言えるけれど,沖縄の人(の一部)は,沖縄を見下しているから放置できるのだ,と言う.それは例えば,原子力発電所を人口密度の高い都市部に配置しないのは,勿論リスク計算をした時に理由のある判断ではあっても,過疎地ならいいでしょ,と見下しているという風にもとれるのと同じだろう.
そもそも,本土と言う言葉を本土の人が使うことは,あまりないのではないだろうか.差別意識は,往々にして,差別している側には殆ど意識されず,被差別側に強く感じられるもので,それを意識することで尚対立が深まっていく種類のものであるようにも思える.
国内での数に於いて少数派である彼らは,国政をすぐに動かすことは難しく,意見を反映させる手段がない.仕方なく,彼らは暴力的な手段に出る.さて,それは本土の人間として肯定或いは受忍すべきものだろうか.国家制度による彼らへの「暴力」に対して,物理的暴力で答える彼らは,擁護すべきなのだろうか.実際に他の地方に移動させるという解決策を取らない以上,現状では米軍の補助を必要としている(さもなくば日本はもっと軍隊を整備せねばならないだろう)と考える以上,同情することが何になると言うのだろう.
私の思い描ける唯一の夢の解決策は,隣に基地があっても,騒音が気にならなくなるような技術,米兵がいても治安を維持する方法,そういうものを生み出していくことだけだ.


ラトビアはロシアに抑圧されていた.暴力に依らない反対によって,独立を勝ち得た.彼らはロシアが嫌いだ.つい最近までの公的言語だったにも関わらず,町には殆どロシア語は見られなかった.けれども,ロシア人も沢山移り住んできている.

チベット民族は漢民族に抑圧されている.チベット人は中国人よりも安価に働かされ,子供の数も制限されている.チベットに於いて中国に対する悪口は言えないし,文化施設も沢山破壊された.今も観光客は,ある意味で表面しか見ることができない.

こういう,自分が第一線の当事者でない事案については,抑圧されている側に立つことは難しくない.けれども,その軽薄さが,別のところで無意識の差別を助長しているようにも思える.


障害があって車椅子で移動する人が,飛行機に乗る時に車椅子用に対応がなく,這ってタラップを昇らなければならなかったという事件が起きた.それに関連して「青い芝の会」の存在を知った.脳性麻痺の人々の比較的過激な団体らしい.神奈川支部の指導者だった横田弘という人が書いた詩がある.彼は「障害者」と「健常者」が対等に分かり合うことはあり得ず,「共生」なんてきれいごとで,「障害者は健常者との闘争の中にしか生きられない」と言う.そして「わたしはあなた(健常者)を許さない」と言う.
価値が多くの人で一致しているものがある.例えば「健康/病気」「健常者/障害者」「金持ち/貧乏」という事柄は,もし選択できるものならば,殆どの人が前者を選ぶような価値であると言える.そういう価値の反対側にいる人同士が,上下関係にならずに対等に向き合うことは,結構難しいことだ.疎外されれば,卑屈にもなるし,攻撃的にもなる.一方で,近親者の世話をする立場になった時に,○○なんだから仕方ない,と自分を納得させずにはいられない程の,多大なストレスがかかることも想定される.よくある事例では,介護疲れなど.前者が後者を傷つけることは,差別と呼ばれやすいが,後者が前者を傷つけることだってある.病気だったら何をしてもいい,ということにはやっぱりならない.
重い障害を持って生れてくる可能性が高いとわかった時に,自分は中絶を選ぶか,また社会として中絶することをよしとするか.中絶は命を奪うことだからよくない,と言うことは簡単だが,現実に自分の問題として考えた時,ことはそう簡単ではないだろう.生んだら生んだで,責任を持って育てろ,とかいう社会の圧力もある.






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今年の夏休みは,2週間ほどスペインを旅しました.
前半は高校時代の友人とバルセロナ近辺を,後半は一人でマドリッド近辺を.

バルセロナが,カタルーニャを旅行するのが好きです.
あの空の青.海の雰囲気が漂う街と,そこからくるオープンな人の気質.
現実的な思考.食べ物の美味しさ.

それでも,私が見たかったのは,親和を覚えるのは
カステリヤーノの乾いた赤く,なだらかで,それでいて厳しい,大地なのだなと.
マドリッドは観光地というよりも都会で,仕事をしている人が沢山いました.
どう見てもアジア人の私に,スペイン語で語り掛けてくる人が沢山いました.
多分,マドリッドにいるアジア人は,仕事して住んでいるアジア人だからでしょう.
そういう,単純でない,色々な人たちの集まる街が好きです.

ㇻマンチャの男ことドン・キホーテは,
風車を敵に見立てて,思い込みで,傍から見れば滑稽な戦いを挑みます.
それを周りの人たちは馬鹿にしていても,
やっぱり自分の思う敵に挑んでいくことに共感を覚えるし,
そういう姿を,素敵だな,と思います.



マドリッドでは2度タブラオでフラメンコを観ました.
一度目に行って,あまりに素晴らしかったので,翌日も予約してしまいました.
フラメンコギターが好きで,あの複雑なリズムに魅了されてしまって.
フラメンコは,身体と音楽が本当に一つになっているようです.
足さばきの一つ一つが音楽.
情熱的なようで,それでいてとても自制されている.
というよりも,自制と感情が一つになっている.
感情的になることが,自ずと音楽とリズムになっている.

人の生の素晴らしいあり方.

そして,そういうフラメンコは,
やはりカタルーニャの明るく青い大地よりも,
カステーリャの赤く乾いた大地にこそ映えると思うのです.
(アンダルシアで生まれたものだとは知っていますが.)


早野龍五先生と、糸井重里さんの『知ろうとすること。』が出版されて、
それに纏わる公開対談も行われました。

公開対談全文

私はまだ本を手に入れられていないので、本自体を読めてはいないのですが、
対談で、原発事故後に考えたことや行動したことを問われて、
早野先生は、答えは本に書いてあり、
「同じ話をすると、自分で話したことで自分の記憶が固定化されていくので、実は危ないと思っています。」
と答えています。
こういう答えは、誠実な大人の対応に思え、格好いい大人だな、と思ったのでした。


誰かの手伝いで頼まれた仕事は,
自分の仕事よりも,案外簡単にこなせてしまったりする,
ということはないでしょうか.

それは,勿論その仕事の内容が,相手よりも自分の方が向いていた
ということもあるでしょうが,
寧ろ,頼まれた時点で,
するべきターゲットが細かく区切られているから,なのではないでしょうか.

自分の仕事の場合,
つい,別の条件や保留にしている別の問題が目についてしまって,
なかなか検討事項を単純化できないものです.
勿論,全体像を把握している方が,
色々な条件を知っているということから,
単純化の仕方を間違えにくい,ということはあります.

逆に言うと,自分の仕事に関しても,
きちんと単純化した上で,その問題に集中する,ということが
能率を上げるのに大切なのではないでしょうか.


或いは別の例で言うと,
そうでない人には信じられなかったりするんだろうと思いますが,
私は音楽を聴きながらの方が大抵の場合仕事に集中できます.
それも,脳の一部を音楽を処理することに使用している方が,
その時検討していることでない事項に注意がそれづらく,
結果的に問題に集中しやすい,ということなのではないでしょうか.



その時やっていることに集中することを意識し,
最後の片づけまできっちりやること.
それを心掛けてみようかな,と思います.




複雑な幾何形状の建物について書いて,
その後にクラシック音楽について書いたら,
なんだか少しもやもやしてきたので,もう少しだけ書いてみます.


ショパンのピアノ曲を聴いていている時に,私の脳内では,
まずピアノの音はドレミの言葉で聞こえていて,
次の音を予測するような感じで聴いているようです.
弾いたことのあるやよく聴いた曲なら勿論,
よく知らない曲でも,それなりのメロディなら,次の音を予想しながら聴いているようです.
逆に,知っている曲の別の人の演奏だと,タメが違っていたりして,違和感になります.
違和感が心地いい場合もあるし,そうでない場合もあります.

何となく,(専門以外のことで)心地いいというのは,
予想の範囲をそれ程大きく外れない,しかしたまに新しいことがある,
というような状態なのだろうか,と思われます.

ショパンは,人間にとってある程度普遍的に,
どういう音の連なりが心地いいかをよくわかっていて,
そういうものを作ろうとしていて,
だからこうして長い事愛されてきているのでしょう.



では,心地いい建築ってどういうことになるんだろう.


先に書いたバスターミナルについては,
現代建築に関わるものとしては,
作り手の考えの道筋が読めるようで(勿論間違えているかもしれませんが)
一度目に見る時は面白く思います.
でも,毎日使うターミナルだったらどうなんだろう.
心地いいのかなあ,と.(批判的なニュアンスではなくニュートラルに.)
或いは,言い換えると,心地よさを目指しているのかなあ,と.

設計に関わった人たちも,原理は単純とは言え,あの形状を決めるには苦労したでしょうし,
出来た時は嬉しかっただろうな,と思います.
原理を考えている時や,形状をいじっている時も,楽しかったでしょう.
施主の方も,ちょっと普通じゃないものを作った,町の人の誇りになるといいな,と満足したかもしれません.
更に,少なくとも,この変わったバスターミナルが,
何の変哲もない,ごく普通のバスターミナルよりも心地よくない,ということは
(機能的な問題がない限り)ないだろうな,と思います.

建築の現代社会の中での意義という意味では,それだけで十分,とも言えます.
私たちの営みは,一義的には現在生きている私たちの為なのであって,
関わった人たちが幸せになっているなら,それでいいのです.



でも,ここではもう少しつっこんで.
私たちは,何を目指しているのだろうということ.


スイス人の同僚と前に話したのですが,
彼女は,
コンセプトが面白くても,温熱環境や光環境を犠牲にしていて住み心地が損なわれているものは好きになれない,
それよりも,特に奇抜じゃなくても窓が大きかったりする住み心地のいい家に住みたい,
と言っていました.
因みに,彼女は子供も3人いる家族を大切にしている人です.

私は,窓が大きくて暖炉があって子供が走り回ったりしていて,という空間を
気持ちがいい,という人がいるとは知っていても,
そんなものを作ることに人生の全部を賭けたい,とは,どうしても思えないな,と思っていました.
そういう既存の気持ちの良さは,すぐに慣れてしまうし,
逆に,少し不便だとしても,その不便さにだってすぐに慣れられる,
寧ろ大事なのは,最初にどういうものを志向していたか,で,
そこに面白いコンセプトがあれば,他のことには少々目を瞑れるな,と思っています.
勿論,今の私に家族がいなくて,仕事ばかりしているから,かもしれません.

そもそも日本の空間は心地よくない空間がかなり多いと思いますし,
そういう心地よくなさに寧ろ馴染んでいて,
所謂喧伝されているような心地よさは,寧ろそれ程心地よく思えない,ということなのかもしれません.


面白い,という心地よさ.
でもその難しさは,現代美術が抱えている問題と同じ,
面白さというのは,文脈にかなり依存していて移ろいやすいということ.
ある時に新しかったことは,後から見たら,当たり前かもしれない.
その時の新しさの意義を,歴史を学ぶことによって知ることはできても,
その時の新鮮な面白味にはなりにくい.

では,面白さというのは,刹那な価値でしかないのでしょうか.
(それはそれで,美しいありようだと言い張ることもできるかもしれませんが.)


でも,何かもう一歩進んだものがある,ような気がしているのです.
昔新しくて,今は当たり前になってしまった歴史的なものでも,
極,限られたものだけだとしても,やはり何か,凄みを感じるものがあるように思えるのです.
それにはやはりどこか,
面白味の方向性の中に,ただ新しいだけではない,
人間とはどういうものか,ということへの普遍的な眼差しを含もうとしていること,
というようなことが大切なのではないか,という気がしています.

今はまだ私たちは知らない,
既存の価値の中にはないかもしれないけれど
でも,実は,人間にとってこういうもの「も」心地よいのだ,
というような示唆を含んだコンセプト.


...

大仰な割に,当たり前のことしか言っていないような気がしてきたので,
今日はこのあたりにしておきます.




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